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その後のJR町田駅南口
《 後戻りさせない運動 》
*2006年6月以前は頻繁に手入れと復活が繰り返されてきました。

  
■2006年1月以降
 たんぼと言われた町田駅南口の風俗街から飲食店を装った売春の店はほとんどが姿を消しました。解体整地された跡地の一部はマンションに建て替えられましたが、残りは空地のまま、あるいはパーキングになりました。しかし信号のある南側にはいまだにレンタルルームが残っています。

 このまま運動をやめたらどうなるかは誰もが想像つきます。
手を抜いてはいけない。『絶対後戻りさせない』これが私たちの合言葉となりました。

■150平米の土地を都市公園として整備(2006年3月20日)
 以前相模原市が取得してあったこの土地は写真のように公園として整備され、右端には木製の『上鶴間本朝丁目鹿島公園』のプレートが立っています。その中央には相模原市が設置した臨時警備出張所があります。
このことで公園から半径200メートル以内では新たな風俗営業は許可されなくなりました。

■発砲殺人事件発生(2007年4月20日)
 臨時警備出張所前の道路を挟んだ向かい側のコンビニで発砲殺人事件が発生しました。この地域を縄張りとする組内の上納金をめぐる内紛とみられ、兄貴分が弟分に射殺されたものです。
(詳細はこちら→JR町田駅南口発砲立てこもり事件

■交番設置要望(2007年4月26日)
 連絡調整会は県知事・県警本部長・相模原南警察署長に対し、改めて交番設置の要望書を提出しました。
 5月中旬には、県警本部が警備出張所への交番相談員派遣について提案しましたが、前述の警備出張所には水道もトイレもありませんでした。
 6月27日、連絡調整会は警備出張所の機能を充実するように相模原市に陳情しました。
 そして9月28日、市議会において補正予算が承認されました。

■臨時警備出張所着工(2007年10月1日)
 広さ約24平米、トイレ・水道・エアコン・防犯カメラ・電話などが設備される予定で、ついに着工となりました。

 12月1日、臨時警備出張所は『相模原安全安心ステーション』と名称を改め開所の運びとなりました。
 『JR町田駅南口を明るく犯罪の無い街にする連絡調整会』と「交番相談」・「防犯活動推進員」で運営することになりました。

■サポート隊発足(2008年2月16日)
 連絡調整会は地元である谷口・中和田地区内から有志を募り、民間交番サポート隊を結成しました。
 『交番相談員』・『防犯活動推進員』とともに、「後戻りさせない」「地域の安全安心を推進する」を合言葉に現在活動中です。

■サポート隊、青パト運行開始(2010年4月8日)
 4月8日、サポート隊jは青色パトカーによるパトロールを開始しました。町田駅南口の民間交番『相模原安全安心ステーション』から半径約1キロ地域を見回り、地域防犯の強化を目指します。
 パトロールは毎週木曜日の午後、3〜4人のボランティア隊員が、青色パトカー1台に乗り込み、拡声器で防犯を呼びかけながら小中学生の通学路や住宅地を見回ります。

 地域防犯の功績が認められ表彰

 JR町田駅南口「不法風俗街」撲滅運動

 JR町田駅南口発砲立てこもり事件

 民間交番オープン

 
民間交番サポート隊、青パト運行開始

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