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2004年9月掲載 関西電力美浜原子力発電所事故
提言16 ~人類が火というエネルギーを最初に手にした頃~ 元相模原市議会議員
本間 俊三
4人が死亡
 関西電力美浜原子力発電所に於いて、蒸気配管の破断による痛ましい人身事故が発生した。作業員11人が火傷を負い、うち4人が死亡してしまった。
 原子力発電所は、原理的には火力発電所の一種である。今回のような蒸気配管の破断事故は、石油火力でも石炭火力でも発生の可能性はあった。
 しかし、原子力発電所のような巨大プラントや、放射性物質を扱う施設に於いては、最大級の安全性が求められる。いったん事故が発生した場合の被害の大きさ、唯一の被爆国としての国民感情から当然である。

原子力はエネルギー

 だからといって、原子力を単に「危険」「兵器」としての一面から捉える事は賢明ではない。原子力は基本的にはエネルギーの一種であり、火や熱として利用出来るのである。
 不幸なことに、人類はこの原子力の持つ莫大なエネルギーを最初に兵器として利用してしまった。人類が初めて火を使った頃のことを想像してみてください。まだ猿人の時代です。彼らが目にする火は、山火事か火山の火等であったと思う。元気の良い勇気のある者が火を採取し、集落に持ち帰った。当然危険な物として長老や、一部の者は持ち込むことを猛烈に反対したであろう。

危険と有用さ
 火をコントロールする知恵や技術の無かった頃は、火は危険な物であり大変な犠牲を伴ったことが想像できる。しかし火を焚くことで外敵や寒さから身を守り、調理や灯りにも利用できた。 
 危険と有用さを合わせ持つ事、採用に賛成反対分かれる事、火も原子力も同じである。今日における原子力の議論をみながら、人類が初めて火を手にしようと試みたときの混乱を推測してみた。

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